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2020/02/19

曲目解説

創立記念演奏会 プログラムノート

A.グラズノフ/バレエ音楽「四季」 op.67

ロシアの作曲家、アレクサンドル・グラズノフはボロディン、リムスキー=コルサコフら「ロシア五人組」の次の世代を代表する作曲家です。
1880年代初頭、ボロディンの代表作となる歌劇「イーゴリ公」の完成はロシア音楽全体の課題となっていました。しかし、ボロディンは医者業や科学者としての一面もあり、また人のよさからいろいろな人の頼みを次々と引き受けてしまうので忙しく、作曲が全く進みませんでした。そんな時、リムスキー=コルサコフをはじめとする多くの若き作曲家がアシスタントとして呼ばれ、その中にグラズノフの顔もありました。ボロディンとグラズノフは30歳以上年が離れているにもかかわらず、すぐに親しくなり互いの作品を見せ合うようになりました。その後「イーゴリ公」を完成させることなく、過労によりボロディンが亡くなると、リムスキー=コルサコフとグラズノフの2人を中心に「イーゴリ公」の未完成部分を補筆完成させました。友好関係にあった二人の作曲家の曲を一つの演奏会でやるって素敵じゃないですか?グラズノフはリムスキー=コルサコフの愛弟子でありボロディンの継承者でもあったため、前半のボロディン交響曲第2番に続く四季では、尊敬する2人の師の面影を感じていただけるのではないでしょうか。

アレクサンドル・グラズノフ
アレクサンドル・グラズノフ
(1865-1936)

グラズノフのバレエ音楽「四季」の初演は、1900年2月19日(旧ロシア暦では7日)にサンクトペテルブルクのエルミタージュ劇場で、リッカルド・ドリゴの指揮、マリウス・プティパの振付で行われました。元々、この題材はドリゴに作曲されることになっていました。一方、グラズノフは「百万長者のアルルカン」という別の作品を書く予定でした。しかし、親友だった二人はお互いの題材を気に入り、企画を交換したんです。こうして、「四季」はグラズノフの作品になりました。

日本で一般的に四季というと春夏秋冬ですが、グラズノフの「四季」は冬から始まり秋で終わります。これは、グラズノフが暗から明の作風を好んだということもありますが、ロシアの季節感も大きく関係しています。ロシアは季節がなだらかな日本とは異なり四季の変化が激しいんですね。
ロシアの冬は魔物が住む世界と呼ばれ、気温はマイナス30度にもなります。マイナス30度というとバナナで釘が打てるような、そんな気温。曲が冬で終わるということは命が終わるも同然です。かの有名なナポレオンもロシアの寒さには耐えられなかったと言いますし、冬で終わるというのは死屍累々の冬景色の中を曲がフェードアウトしていく感じです。なので、ロシアの四季において冬の次に春が来るというのは非常に重要で、春は冬の間身を潜めていたあらゆる生命がよみがえる復活の季節とされています。夏は自然の力が最高潮となります。日本の初夏のような陽気、涼しい季節。ロシア国民は夏になると朝早くから郊外の別荘に出かけ一日中自然と触れ合います。たぶんカブトムシを捕まえたりしてるんじゃないかな。8月にはロシアで最も美しい季節とされる秋が始まります。秋には街が黄金色に染まり、冬を耐え春夏と育った生命が最後の輝きを見せます。
グラズノフのバレエ音楽で四季と並んで代表作として語られる「ライモンダ」は「物語」の曲であるのに対し、「四季」は「絵」です。音楽を通してロシアの四季折々の自然の情景を思い浮かべていただければと思います。


情景:静まりかえる冬景色。弦のキーンと冷え込むようなフラジオから始まります。冷たくもどこかわくわくするような響き。冬景色にしんしんと雪が降り積もる神秘的な中に、霜や氷が舞い踊る楽しげな様子や姿を見せない冬の魔物のおぞましさも遠くから響いてきます。
第1タブロー:フルートsoloは触ったら溶けちゃいそうな繊細さ。ところどころに盛り込まれるトリルが、日に当たってキラキラした氷の粒のようで素敵。冷たくうつくしい音色に心奪われます。
第1ヴァリアシオン 霜:魔法の力で木々に霜の花が咲く。トライアングルのときめき。
第2ヴァリアシオン 氷:固いような優しいような。クラリネットとビオラの冷たくもあたたかなぬくもり。氷に反射したかがやく光が、冷えた心を溶かしてくれる。
第3ヴァリアシオン 霰(あられ):いたずらっ子な精が降り注ぐ。スネアとコル・レーニョが楽しく遊ぶ。 つぶつぶパニック!
第4ヴァリアシオン 雪:華麗なワルツ。オーボエとホルンの、しっとり包むような優しさ。
終曲:冒頭のテーマが生き生きと再現され、春の到来を予感させます。2人の小人、グノームが火石で薪に火をつけると、冬の精霊たちはあわただしく去っていく。春を告げる角笛とハープがあたりに響くと、花が咲き乱れ、冬にお別れ。
○グノーム…地・水・風・火の四大精霊のうち、地をつかさどる精霊。身長12cmほどの小人で長いひげを生やした老人のような姿で、派手な色の服と三角帽子を身につけている。


第2タブロー:春がきた。眠っていた生命が目を覚ます、復活の季節。花たちが咲き、小鳥はくるりと回る。
そよ風の踊り:そよ風を運ぶ西風の神、ゼピュロス。小鳥とともに空の旅。クラリネットとチェロの掛け合いは花びらがひらひら舞いおりて、あたたかな陽の光が照らす、夢の中。
○ゼピュロス…ギリシャ神話に登場する、東西南北のうち西風(そよ風)の神。温和な性格、春の訪れを告げる。
薔薇の花の踊り:艶やかに咲きほこる。春の到来をよろこぶ。
小鳥の踊り:ピッコロのさえずり。小川のせせらぎ、そよ風の音が聞こえる。

明るく楽しい踊りもいよいよ終わり。熱風が近づき、春が去っていきます。


情景:夏は春から途切れることなく始まります。熱を含んだあたたかい風が吹き,麦の穂がゆっくりと波打つ。春から受け継がれた金管のあたたかい風、木管やチェレスタ、ハープの揺れる麦、そして矢車菊とケシと共に、弦楽器が歌う優雅なテーマ。やがて木管楽器とチェロのsoloに導かれ、次のワルツへ。
矢車菊とケシの花のワルツ:4分の3拍子の上品な踊り。フルートに答えるようにヴァイオリンが奏でる。盛り上がりを見せると、やがて熱さでぐったり疲れて、土の上で寝る。曲は途切れることなく次の舟歌へ。
舟歌:水のヴェールをまとった水の精ナーイアスが現れ、清らかな水を運ぶ。花たちは水を望む。ハープは水中できらめく陽の光、小さな泡。ヴァイオリンに導かれ、音楽は美しさを増す。やがて泡が割れるように、そっと終わりを告げる。
○ナーイアス…ギリシャ神話に登場する泉や川の精霊たちの娘。泉や川の水を飲むと病気が治るとされている。
ヴァリアシオン 麦の穂の踊り:8分の6拍子。とうもろこしの精、クラリネット協奏曲。あたたかな陽の光に包まれたとうもろこし。土のにおいと子供の笑い声。クラリネットの音に酔いしれて。
コーダ:4分の2拍子の軽快な音楽。サテュロスとファウヌスは笛を吹き、花、麦の穂が入りみだれて踊る。弦楽器の跳ねる音に乗って、2人は花たちを追いかける。ゼピュロスが現れ花たちを救う。やがて2人が疲れ、地上から消えると、大地がブドウ畑に変わっていく。
○サテュロス…ギリシャ神話に登場する半人半獣の自然の精霊、いたずら好きな厄介者。自然の豊穣の化身や欲情の塊。
○ファウヌス…ギリシャ神話に登場する、ローマ神話の農牧の豊穣の神。羊飼いと羊の群れを監視する。


バッカナール:豪華絢爛な「酒神祭の踊り」。酒と収穫の神バッカス(ディオニュソス)をたたえる。きらびやかな雰囲気の中で弦楽器によって明るく高揚するメロディ。ロンド風の音楽でバッカスの巫女たちが踊り、冬があられ,春がそよ風,夏が矢車菊とケシのワルツをそれぞれ従えて登場します。
○バッカス(ディオニュソス)…ギリシャ神話に登場する、豊穣とぶどう酒の神様。人々にぶどうの栽培とぶどう酒を教えた。クレイジーな性格。
○バッカスの巫女…バッカスのぶどう酒に酔うことでバッカスの崇拝者になった女性たち。バッカナールは酒によって理性から解放されて踊る宗教的な一面がある。女性を中心に多くの信仰者がいて、後に神格化された。

冬、春、夏の踊りもいよいよ終わり。雲のように音が溶け、小アダージョへ導きます。

小アダージョ:曲中の白眉。ハープの幻想的で美しい伴奏に乗って、ヴィオラとコール・アングレが寂しくもどこか神々しいメロディを歌います。弦楽器に続くクラリネットは、時が止まったような美しさ。アダージョ(adagio)は、「ゆっくりと」。原義では、「くつろぎ」や「安らぎ」。
ヴァリアシオン サテュロスの踊り:夏の終曲の、サテュロスの踊り。先ほどまでの秋の雰囲気とは変わり「厄介者」にふさわしい荒々しい登場。恐怖感や忌み嫌われているサテュロスの雰囲気が表現されています。

曲が進むにつれて「バッカナール」のテーマがもう一度繰り返され、夏の麦の葉の踊りから秋へ。降り注ぐ枯葉の雨。場面がめまぐるしく変わり、辺りは暗闇に包まれます。
アポテオーズ:満天の星空の輝き。これまでの登場人物が星になっていく。「酒神祭の踊り」のテーマがもう一度流れると、大団円で舞台は幕を閉じます。

[参考文献]
・フィアールカ管弦楽団演奏会に向けて 「ロシア音楽におけるボロディンとグラズノフ」 / 服部洋樹(2019)
・京都市交響楽団第629回定期演奏会パンフレット プログラムノート / 増田良介(2018)

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