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2021/09/19

曲目解説

第2回演奏会 プログラムノート

P.I.チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」op.71 小序曲・第2幕

19世紀ロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)の作曲した3つのバレエ音楽(『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』)は「チャイコフスキー 3大バレエ」と称され、今日においても世界的な人気を誇っています。
『くるみ割り人形』はこの中で最後に作曲された作品で、1892年にサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場で初演されました。(バレエ台本はマリインスキー劇場バレエマスターであったマリウス・プティパ、振付は副バレエマスターであったレフ・イワノフ。)音楽には当時最新の楽器であったチェレスタを取り入れるなどのこだわりが見られ、数々の名旋律はオーケストラのみならず様々な編成のために編曲され愛され続けています。なお、初演の翌年にチャイコフスキーが急死していることから、最晩年の作品のひとつでもあります。

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
(1840-1893)

あらすじ
今日はクリスマスイブ。主人公クララの家ではクリスマスパーティーが行われています。クララは、客として訪れた不思議な老人、人形使いのドロッセルマイヤーおじさんから「くるみ割り人 形」を受け取ります。お世辞にも可愛いとは言えない人形でしたが、クララは大変気に入りました。しかし、兄のフリッツと取り合いになり、人形は壊れてしまいます。かわいそうに思ったクララは、自分のドレスのリボンを使って手当てをしてやるのでした。
その夜、不思議なことが起こります。夜中の12時の鐘が鳴った途端、クララの体が人形サイズに縮んでしまったのです。そこに突然、ネズミの王様がネズミの兵隊を率いて現れます。するとくるみ割り人形も兵士となって立ち上がり、人形群を率いてネズミ軍に立ち向かい、大戦争が始まります。激しい戦いの末、ネズミの王様がくるみ割り人形にとどめを刺そうとしたその瞬間、クララの機転によってくるみ割り人形はピンチを切り抜け、見事勝利を手にしたのでした。すると、驚くべきことに、くるみ割り人形が美しい王子に変身したのです。王子は窮地を救ってくれたお礼にクララをお菓子の国へ招待します。2人は雪が舞う森を抜けて、お菓子の国へと向かいます。
お菓子の国へ到着した2人は、女王である金平糖の精に迎えられます。2人を歓待するため、チョコレートやコーヒー、お茶、キャンディなどの精が次々と踊りを披露します。 夢のように楽しい時間を過ごしたクララは、夜が明ける頃、部屋のクリスマスツリーの下で目を覚まします。幸福な気持ちで満たされたクララは、傍らに置いてあったくるみ割り人形を大事に抱き締めるのでした。

小序曲
ヴァイオリンとヴィオラによる弾むような主題で音楽が始まります。楽しいクリスマスの予感に密かに胸躍らせるような旋律はこれから起こる不穏な展開を垣間見させるかのように僅かに憂いの響きを帯びた後、再び明るさを取り戻し、木管楽器およびトライアングルの響きを加えて喜びを爆発させます。続く第2主題で、弦のピッツィカートによる伴奏で軽快な気分は保たれたまま、 歌うような旋律がエレガントに奏されます。この曲で使用される楽器は全て中音域以上のものであり、 キラキラと輝くような響きはおとぎ話の幕開けに相応しいと言えるでしょう。

第2幕
第2幕では、お菓子の国を訪れたクララと王子がお菓子の精たちの歓待を受ける場面が続きます。

第10曲:情景「お菓子の国の魔法の城」
ハープのアルペジオに乗せて、弦楽器とフルート、イングリッシュホルンが、温かく幸福感に満ちた旋律を演奏します。 音楽は木管楽器の奏する上昇音形に導かれ、ますます高まってゆきます。

第11曲:情景「クララと王子の登場」
黄金の舟に乗ってやって来たクララと王子は、女王(金平糖の精)をはじめ多くのお菓子の精たちに迎えられます。煌めくようなハープの響きに乗せて、バスーン、クラリネットが疾走するような音形を奏でた後、ティンパニの雷のようなトレモロによって、音楽は一気に高まりを見せます。 曲の終盤では歓迎パーティーの始まりを告げるファンファーレの音も聞こえます。

第12曲:ディヴェルティスマン
ディヴェルティスマンとは、バレエ用語で「余興」を意味します。物語の本筋とは関係なく挿入される踊りを指し、余興やお祝いの場面に用いられます。ここからは、お菓子の精たちによる様々な国の踊りが続きます。

a. チョコレート(スペインの踊り):ボレロのリズムに乗せて、トランペットがキレの良い旋律を奏します。カスタネットの音色がスペインを感じさせます。
b. コーヒー(アラビアの踊り):弱音器付きの弦楽器や木管楽器が、抑制的に東洋風の妖しさを表現します。
c. お茶(中国の踊り):バスーンとコントラバスによるユーモラスな低音の上で、フルートとピッコロがつむじ風のように演奏します。高い音域での素早いパッセージは中国笛の演奏を彷彿とさせます。
d. トレパック(ロシアの踊り):トレパックとはロシア(特にウクライナ地方)の農民の踊りです。大麦糖の精がロシアンダンスのステップを踏み、力強く活気に満ちた音楽が舞台を盛り上げます。音楽は終盤にかけてアッチェレランドし、頂点に至った後、一気に終わります。
e. あし笛の踊り:アーモンド菓子の精たちによる踊りです。弦楽器のピッツィカートの上で、3本のフルートがほのぼのと素朴な可愛らしい旋律を奏します。
f. ジゴーニュ小母さんと道化たちの踊り:ジゴーニュ小母さんは「マダム・ボンボニエール」とも呼ばれます。ボンボニエールとは砂糖菓子を入れるための容器を指す言葉であり、舞台ではジゴーニュ小母さんのスカートからキャンディボンボンに扮した子ども達が飛び出します。音楽にはチャイコフスキーが子どもの頃に親しんだ3つの童謡が引用されています。

第13曲:花のワルツ
女王(金平糖の精)の侍女達による踊りです。木管楽器による序奏に続き、ハープのカデンツァが奏されます。その後、軽やかなワルツのリズムに乗ってホルンが和音を作り、旋律を奏でます。 舞踏会を感じさせる華やかさを持つ音楽は非常に人気が高く、『くるみ割り人形』の中で最もよく知られた1曲と言えるでしょう。

第14曲:パ・ド・ドゥ
パ・ド・ドゥとは「男女2人の踊り手によって展開される踊り」を指し、多くの場合バレエ作品における最大の見せ場となっています。『くるみ割り人形』におけるこのパ・ド・ドゥには、クララと王子が踊るパターン、または女王(金平糖の精)と王子が踊るパターンの2通りがあります。

a.導入部(アダージョ):ハープのカデンツァに続き、チェロによって下降する音形が奏されます。なんの気も衒わない単純な音形(音階)でありながら非常に豊かな情感を感じさせるこの旋律は、曲の後半でより劇的に展開し、舞台を感動で包みます。
ヴァリアシオン I:タランテラ:タランテラは、イタリアのナポリ地方に伝わる 3/8 または 6/8 のテンポの早い舞曲です。『くるみ割り人形』では王子がソロで踊ります。軽やかな旋律はフルートによって奏されます。
ヴァリアシオン II:金平糖の踊り:金平糖の女王による踊りです。弦楽器によるピッツィカートの上で奏されるチェレスタの響きが音楽に硬質な煌めきを与えています。なお、作曲当時最新の楽器であったチェレスタをチャイコフスキーは他の作曲家ら(リムスキー=コルサコフやグラズノフ)に知られぬよう極秘で買い求め、この曲に使用したと言われています。

コーダ
快いテンポに乗せて、再び2人による踊りとなります。快活な音楽でグラン・パ・ド・ドゥを堂々と締めくくります。

第15曲:終幕のワルツとアポテオーズ
弦楽器が奏する幸せに満ちた旋律に乗せて、登場人物全員によるワルツとなります。中間部では旋律が木管楽器に現れ、チェレスタとハープが夢のような輝きを添えた後、最初の旋律がトランペットに現れ、賑やかな大団円を迎えます。 その後、第2幕最初の音楽(情景「お菓子の国の魔法の城」)の主題が戻って来て、アポテオーズ(フィナーレ)となります。舞台ではクララが目を覚まし、自分に素晴らしい夢を見せてくれたくるみ割り人形を抱きしめ、会場全体が温かい空気に包まれての幕となります。

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