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2023/10/8

曲目解説

第4回演奏会 プログラムノート

A.ボロディン/歌劇《イーゴリ公》より「韃靼人の踊り」

アレクサンドル・ボロディン
アレクサンドル・ボロディン
(1833-1887)

ボロディンはロシアを代表する作曲家でありながら、本業は医学・化学者であり「日曜作曲家」として活動していました。「韃靼人の踊り」は彼の人生最大規模の作品 歌劇「イーゴリ公」の一部分で、ロシアの英雄イーゴリ公と中央アジアの遊牧民族ポロヴィッツ人(韃靼人)との戦いを描いた物語です。イーゴリ公はポロヴィッツ人に捕えられますが祖国を守るべく誇りと勇気を持ち続けました。そんなイーゴリ公に敵将コンチャーク汗は敬意を表し、宴席で彼らをもてなします。そこで歌い踊られるのがこの曲です。ホルンの美しい響きから音楽は始まり、オーボエ、コールアングレが郷愁の旋律を導きます。「故郷まで飛んでいけ、祖国の歌よ」という哀歌に乗って奴隷たちの娘たちがしなやかに踊ると、軽快なクラリネットから男たちの力強い民族舞曲へと移ります。タンバリンの打撃でいったん終止し、やがて鼓舞するティンパニが現れると力強い3拍子でコンチャーク汗の威光を讃える音楽が豪快に響きます。その後、8分の6拍子の少年たちの躍動感な舞曲を経て、冒頭の望郷の歌が戻ってくるのです。これまでの舞曲が再現されると音楽は最高潮に達し、熱狂のフィナーレを迎えます。聴衆を熱狂させたノスタルジックなメロディは、ロシアの名曲として今もなお多くの人に愛されています。

S.プロコフィエフ/交響曲第7番嬰ハ短調 Op.131

セルゲイ・プロコフィエフ
セルゲイ・プロコフィエフ
(1891-1953)

この作品はプロコフィエフ最後の交響曲にして最後の作品で、1952年にソビエトの青年に捧げる意向で作曲されました。「青春交響曲」と呼ばれるこの曲は、プロコフィエフ自身の青春、人生を表していると言われています。彼の人生は波瀾万丈なもので、第一次世界大戦、祖国ロシアのスターリンによる粛正、第二次世界大戦と苦しい時代の渦中にいました。スターリン独裁政治が頂点に君臨した1948年には、ソ連の芸術界を脅かす委員会の声明「ジダーノフ批判」がプロコフィエフをも”人類の敵”とみなし、彼の作品の多くが演奏を禁止されたのです。また政治的圧力だけでなく、晩年のプロコフィエフは健康に恵まれず、療養先で不調に悩まされながら創作活動をしていました。(皮肉なことに、プロコフィエフはスターリンと同じ日にこの世を去りました。)彼は「これは、わが青年の前途のよろこびという思想によって生まれたものである」「自分にとっては複雑に書くほうが、簡単に書くよりもやさしい。しかし自分はあえて簡単に書く」という言葉を残しています。感傷的・甘美で分かりやすい印象を受けますが、プロコフィエフが置かれていた悲哀に満ちた生活を考えると、このシンプルさからむしろ複雑な感慨にならずにはいられません。

第1楽章 Moderato, 4/4, 嬰ハ短調
導入部はなく、物憂げで柔らかい旋律がヴァイオリンから始まります。この内向的な旋律に対して、管弦の低音楽器が大河のような旋律を歌います。やがて川のせせらぎのような分散和音を背景に、いっそう甘美で、若々しい夢と憧れに満ちた旋律が弦楽器と木管楽器によって繰り広げられます。トロンボーン、チューバ、ピアノの悲劇的なレ♭のユニゾンから冒頭の旋律に回帰するとそれまでの音楽が再現されていき、最後は悲痛な嬰ハ短調のハーモニーと共に終わりを迎えます。「私の人生は決して平穏なものではなかった」。

第2楽章 Scherzo. Moderato
青春の輝き。第1楽章から一転して軽やかなワルツ。ヴァイオリンからクラリネットに受け継がれる冒頭の旋律やそれに続くオーボエ、各楽器の特徴的なフレーズはバレエ音楽の登場人物のようで、それらが絡み合いながらドラマを形成していくように感じられます。いくつもの転調を経て加速する緊張感ある場面に移ると、それが静まったところで弱音器を付けたヴァイオリンが哀愁を帯びた嬰ハ短調の旋律を歌います。やがて冒頭部、転調したそれまでのメロディが再現され加速する音楽。最後は金管楽器の華やかな旋律でハッピーエンドとなります。

第3楽章 Andante espressivo, 4/4, 変イ長調
緩徐楽章。なつかしい思い出にそっと触れるように。チェロの美しい旋律が奏されると、ハープの調べに乗って緩やかに変奏され、それらが消えるとファゴット、クラリネットが現れ、オーボエ族の語りのソロへと移り変わっていきます。やがて憂いを帯びたホ長調、トランペットが繊細に歌うハ長調に導かれ、ピアノ、ハープのアルペジオに乗ったフルートが奏でる嬰ハ長調の最も美しい旋律に辿り着きます。悲しい時は泣いてもいいんだよと語りかけるような、とても優しいメロディ。死を予期した人間の儚い光のきらめきは泡のように消えていき、最後に音楽が束の間の盛り上がりを見せると、金管楽器とトライアングルが静かに終わりを告げます。

第4楽章 Vivace, 2/4, 変ニ長調
気分は一転し、楽しく快速な舞曲。弦楽器から始まり、金管楽器、木管楽器へと移るとまた弦楽器が軽やかに歌い出します。様々な楽器にバトンタッチされ、ピアノ、ヴィオラ、チェロの波立つ分散和音に乗った第1楽章の旋律など、これまでの楽章に関連した旋律と共に次々と展開されていきます。鍵盤楽器とピアノが8分音符を刻む伴奏からまた音楽は変わり、終盤トランペットを中心に金管楽器のハーモニーが揺らめく灯りのように奏されると、弦楽器の1音のピチカートがそっと灯りを消すのです。(終楽章は弱奏で終わるものと歓喜の強奏で終わるものの2通りがあり、今回は前者のものを取り上げます。)

M.ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」 (ラヴェル編)

モデスト・ムソルグスキー
モデスト・ムソルグスキー
(1839-1881)

「展覧会の絵」は1874年ムソルグスキーが作曲したピアノ組曲です。ムソルグスキーは芸術評論家ウラディミール・スターソフの紹介でロシア建築家、画家ヴィクトル・ハルトマンと出会いました。意気投合したムソルグスキーとハルトマンは共に芸術を極めていくことを誓いますが、ムソルグスキーと出会った3年後の1873年、ハルトマンは急死してしまいます。親友の死を悲しむムソルグスキーでしたが、翌年スターソフらによって開かれたハルトマンの遺作展(展覧会)に訪れます。そこには水彩画、建築デザイン、舞台装置や衣装のデッサンなど約400点もの作品が展示されました。遺作展の作品からインスピレーションを得たムソルグスキーは一種の興奮状態の中、わずか3週間でピアノ組曲「展覧会の絵」を完成させました。“ハルトマンの音や思想が空気の中に漂っています。私はそれらを食い入るように見つめ、自分自身の中に取り込むのです。そして、私はなんとかこれを紙の上に記しています。…(中略)…私はこれをできるだけ早く、そして確かなものに仕上げたいのです。”
ムソルグスキーの生前は存在すら知られていない無名の曲でしたが、多くの音楽家がこれを編曲しました。1922年フランスの作曲家モーリス・ラヴェルのオーケストラ編曲によって一躍評判となり、埋もれていた名曲が世の中に知られ、今では世界中で広く演奏されています。
ムソルグスキーはハルトマンが残した10枚の絵の印象と、5つのプロムナード(前奏曲あるいは間奏曲)を音楽にしました。プロムナードは「散歩」を意味し、1つの絵から次の絵に移る時の歩調を表しています。親友を失った喪失感とそれでも未来に光を見出したいというムソルグスキーの複雑な心情を感じられるかと思います。

第1プロムナード(変ロ長調)
4分の5拍子と4分の6拍子のトランペット独奏から始まり、金管楽器が高らかなコラールを奏でます。その後弦楽器、木管楽器も加わり、音楽が盛り上がりを見せると、そのままの歩みで切れ目なく次の場面に移ります。ムソルグスキーが展覧会に足を踏み入れ、作品と対峙した時の緊張感と胸の高鳴りを感じさせます。

1. 小人(グノーム)
地底に巣食う大地の妖精グノーム。不気味な雰囲気で、小人の素早い動き、静止、ゆっくりした動きが繰り返されます。怪しげなチェレスタや打楽器、弦楽器のグリッサンドが効果的に使われ、ダークファンタジーな世界観がユニークに表現されています。ラチェットと金管群の咆哮が鳴り響くと、音楽は激しく突然の終わりを迎えます。

第2プロムナード(変イ長調)
ホルン独奏、木管楽器に乗って心穏やかに歩みを進めるムソルグスキー。ゆっくりと次の絵に視線が向けられます。

2. 古城
8分の6拍子の緩やかなシチリアーノ(舞曲)。暗闇にひっそりとたたずむ中世の古いお城。物憂げなファゴットから吟遊詩人(トルバドュール)を思わせるアルト・サックスの詩に受け継がれ、聴くものを異国に誘います。終始持続される低音ラ♭に乗って哀愁を帯びた音楽が展開され、最後はアルト・サックスと弦楽器のピチカートによってゆっくりと暗闇に消えていきます。

第3プロムナード(ロ長調)
再びトランペットの独奏から始まり、今までより明るく快活なプロムナードです。いくつか作品を見たことで心が晴れやかになったムソルグスキー。足取りは軽く、次の作品への期待が高まります。

3. テュイルリー
パリのルーブル宮殿前広場。大人たちのおしゃべりとこどもたちの喧嘩で賑わう公園。木管楽器の細やかで可愛らしい連符は、こどもが純粋無垢に楽しく遊ぶ様子が浮かんできます。最後はクラリネットとハープがひと時の夢のように終わりを告げます。

4. ビドロ(牛車)
物憂げなチューバが印象的なこの曲は、泥道の中2頭の家畜が荷車を引きずる様子を描写しています。ビドロはポーランド語で「虐げられた人々」。家畜の重く陰鬱な足取りは葬送行進曲のごとく、圧政に苦しむ人々を表現しているようにも思われます。当時のポーランドの社会情勢に待ち受けるのは暗い未来。悲劇的なオーケストラの強奏が鳴り響き、やがてチューバの独奏と共に家畜は遠くへと去っていくのです。

第4プロムナード(ニ短調)
木管楽器から始まる悲しげなプロムナード。ビドロを見たからか、少し心が冷えてしまったよう。足取りも心なしか重く、絵画を見ながら考え込んでいるようです。さあ、視線は次の作品へ。

5. 殻をつけた雛鳥の踊り
バレエ「トリルビ」のひよこ劇場。フルートを先頭に木管楽器が楽しく遊びます。ちゅんちゅん、ぴよぴよ。鳴いては跳ねて、また鳴いて!装飾音符やトリルを多用し、アヒルのようなガラガラ声やひよこたちの金切り声が聞こえてきます。静かなピチカートで支える弦楽器は、我が子の演劇を見守る親のよう。最後は木管楽器が「はい、おしまい」。

7. リモージュの市場
場面は陶器で有名なフランスの町リモージュ。ホルンの16分音符を合図に弦楽器、管楽器が次々に現れ、市場で買い物とうわさ話をする女たちの愉快な騒ぎが浮かんできます。あちこちから騒ぎ声が聞こえ活気あふれる市場。ティル・オイレンシュピーゲルが意地悪をするようにはちゃめちゃなこの曲は、全曲を通して最難関。勢い止まらず最後まで盛り上がり、16分音符と32分音符で一気に次の曲へと駆け抜けていきます。

8. カタコンベ
古代ローマ地下墓地。トロンボーン、チューバの重厚な和音が深く暗い墓地に広がります。後に他の金管楽器も加わり、鬱々とした空気が漂います。中間部に現れるトランペットは暗闇を照らす一筋の光。再度金管楽器のレクイエムが強く響き、洞窟の亡霊がうっすらと姿を消していくようです。

-死せる言葉による死者への話しかけ-
オーボエ族から始まる悲しげなプロムナード変奏。遠くから聞こえてくるような弦楽器のトレモロに乗って、管楽器と低音楽器が光と影の幻想的な世界を作ります。親友ハルトマンに追悼の意を込めて。

9. 鶏の足のついた小屋(バーバ・ヤーガ)
森の中の鶏の足の上に建つ小屋と、そこに住む魔女バーバ・ヤーガ。オーケストラ全体でずっしりした4分音符で始まり、突如荒くれ者の魔女が現れます。その奇妙な様子がスピード感溢れる音楽で描かれ、暗闇を飛び回る魔女。中間部は霧が深くなり、シロフォンとチェレスタのしゃれこうべ(骸骨)が怪しく光る場面。なんとか魔女から隠れ上手くまいたかと思えば…見つかった。急いで逃げて逃げて、その先にある光にたどり着くのです。

10. キーウの大門
ウクライナの首都キーウにかつて存在した黄金の門。「祝福あれ、主の御名によって来る人に」。壮大で輝かしい金管楽器のコラールから、ハルトマンの芸術を讃えるムソルグスキーの姿が目に浮かぶようです。曲中2度現れるクラリネットとファゴットの優しい旋律は聖歌のごとく、柔らかな光を帯びています。やがて遠くから鐘の音が聞こえてくると音楽は高揚し、最後はオーケストラがまばゆいほどの輝きを放ち、グランドフィナーレを迎えます。

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