シェヘラザードと王様のお話。

妻に裏切られてからというもの、心の傷は癒えぬまま。全ての女性を信じられなくなったシャフリヤール王は、若い娘と一夜を共にしてはその娘の首をはねるという暴挙を繰り返すようになってしまいました。

大臣とシェヘラザード

このままでは国中の若い娘が殺されてしまう。王の暴挙を止めなければ…。そこに現れたのが、王に仕える大臣の娘シェヘラザード。シェヘラザードは王の元に嫁ぐと名乗り出ます。「やめなさい!お前まで死んでしまう。」大臣は必死に止めますが、彼女の揺るがぬ意思に根負けし、最後は彼女の気持ちを尊重することにしました。「お父様ありがとう。どのような結果になっても、私を王に嫁がせたことは生涯の喜ばしい思い出となります。」美しく聡明なシェヘラザードには、いい考えがあったのです。

シェヘラザードとシャフリヤール王

今まで通りなら、初夜を迎えた後彼女は王に殺されてしまうはず。しかしシェヘラザードは言います。「王様、夜が明け最後の命となる前に…面白いお話があるのです、どうか聞いてください。」

アリババと40人の盗賊、アラジンと魔法のランプ、黒壇の馬の物語…。シェヘラザードのお話はどれも面白く、王の興味を引くものばかり。「続きが聞きたい。」「ならば続きは明日の夜に。明日はもっと面白いお話をお聞かせしましょう。」王はシェヘラザードを殺さず、次の日も、また次の日も物語を聞かせるよう命じます。

-1- 海のシンドバッドの船

シンドバッドの7つの航海

昔々バグダッドの都に、同じ名前で身の上は全く正反対の2人の男がいました。荷かつぎシンドバッドは人にこき使われる貧しい男、船乗りシンドバッドは立派な屋敷に住む大金持ちの商人。2人は運命の導きによって出会い、船乗りシンドバッドがかつて冒険した7つの航海について語り始めるのです。

シンドバッドの7つの航海

①クジラの島
シンドバッドが船旅で辿り着いた島に降り立つと、島が動き出します。島だと思ったものは実は巨大なクジラ。一命を取り止め、シンドバッドはある島に辿り着きます。そこでシンドバッドは歓迎され、無くしたと思っていた財産と船を取り戻しました。

②巨大ルフ鳥とダイヤモンドの谷
船旅に出たシンドバッドは、上陸した無人島に置き去りにされてしまいます。その島にいた巨大ルフ鳥に乗り脱出を試みましたが、辿り着いたのは死の谷と呼ばれるダイヤモンド鉱山の谷底。谷には大量の宝石がありましたが、毒蛇の大群がいます。困っていたシンドバッドの目の前に、空から生肉が降ってきました。人々は羊の肉を宝石に引っ掛け、ルフ鳥がその肉を掴み上げるのを利用して、宝石を採取しているのでした。シンドバッドは溢れんばかりの宝石をポケットに詰めて、自分の体に生肉を巻き付けます。思惑通りルフ鳥が肉ごとシンドバッドを運び、脱出することができました。

③巨人と人喰い大蛇
次に漂流した島は猿ヶ島。一つ目の不気味な巨人がシンドバッド一行を捕らえると、毎晩乗組員を食べてしまいます。シンドバッドたちは何とか逃げ出し別の島に行きますが、そこには人喰い大蛇。仲間が食われ、1人になったシンドバッドは機転を利かせ、通りすがりの船に救助されます。その船は第2の航海で乗っていたもので、財産を取り戻しました。

④食人種の村
シンドバッドは、嵐である島に打ち上げられます。そこは人を食べる民族の住む村。人肉を食べた仲間は次々と知性を失い、食人種に食べられてしまいます。 人肉を怪しみ食べなかったシンドバッドは何とか生き延び、反対側の浜辺に着きました。シンドバッドは妻をめとりましたが、その島には「夫婦の1人が死ねば伴侶も生き埋めになる」という決まりがあります。妻を病気で亡くしたシンドバッドは深い井戸の底に置き去りにされます。しかし、死者を喰いに現れた動物の後をつけて、出口を見つけます。死者たちが身につける装飾品を持ち帰り、故郷のバグダッドに帰りました。

⑤海の老人
第2の航海で訪れた島に行きつくと、巨大ルフ鳥の卵を見つけます。卵を打ち壊すとルフ鳥の報復に合い、船が難破します。漂流した島には老人がいました。川を渡るため肩に乗せてくれと頼む老人の言う通りにすると、首を絞められて、老人が肩から降りなくなります。シンドバッドは、何とかぶどう酒を飲ませて、酔った隙に老人を振り下ろして殺します。
海岸線に戻るとちょうど船が休息していたので、船員から聞くところによると、あれは「海の老人」と呼ばれて恐れられているものだったといいます。船に同乗したシンドバードは、立ち寄る島々でさまざまな交易を行い、巨万の富を得てバクダードヘ帰りました。

⑥セレンディブ島の王様
第6の航海は船が山にぶつかって難破します。シンドバッドたちが上陸したのは宝石や香木が溢れる素晴らしい島でしたが、そこには食べ物が何もありません。仲間は飢えで次々に死んでいきますが、節制して命を繋いだシンドバッドは島の宝石をかき集めると、一か八かで川に流され島を脱出します。 流れ着いたのはセレンディブ島。その島の住人に救われたシンドバッドは、島の王様に拝謁して宝石の一部を献上します。残りの宝石の一部と、王様から教王ハールーン・アル・ラシードに宛てた進物と信書を土産に、バグダッドへ帰してもらうのでした。

⑦象牙の山
シンドバッドはもう冒険は終わりにしようと思っていましたが、自国の王ハールーン・アル・ラシードに、セレンディブ島の王へのお使いを頼まれ引き受けることになります。無事に使いを果たしたシンドバッドでしたが、帰りの船旅で海の怪物に船が襲われ、その後海賊の襲撃に遭います。捕縛されたシンドバッドは奴隷として売り渡されてしまうのです。
運よく心優しい商人に買われ大切にされていましたが、ある日商人から稼ぎのために象を狩り、象牙を取ってくるように言われました。シンドバッドは商人でしたが、華麗な身のこなしで狩りをこなしてしまいます。 ところがある日の狩猟で巨像に襲われます。絶体絶命もうだめだ…そう思いきや、なぜか像は彼を自分の背中に乗せ、どこかへ連れて行きます。着いた先は象の亡骸が山となって積み上がった墓地。どうやら象はこの場所を教えることで、これ以上狩猟で象を殺さないでほしいと訴えかけているようでした。こうして大量の象牙を持ち帰ると、商人は大喜び。シンドバッドは解放され、象牙の一部を売り払いバグダッドに帰還します。

こうしてシンドバッドの冒険はついに幕を閉じるのでした。

-2- カランダール王子の物語

3人のカランダール王子

豪華な屋敷の3人姉妹、荷物運びの軽子、3人の苦行僧(カランダール)。不思議な巡り合わせで出会った者たち。姉妹たちが「あなたたちは何者なのか。」そう問うと、カランダールが言います。「私たちは元王国の王子で、抗うことのできない運命によってその身を追われ、片目を失いました。今となっては名前も身分も失い苦行僧となり、各地を彷徨い歩いています。そうしてバグダッドにたどり着くと自分と同じ境遇のカランダールがいたので、行動を共にしていたところでした。」そうして、3人は語り始めました。

カランダールの過去

1人目のカランダール
王子には仲のよい王族の従兄がいました。ある日従兄は女を連れて「先にこの婦人と墓地の埋葬所に行き、私が行くまで待っていてほしい。そして着いたら、地下に潜る私たちの行方を隠してほしい」と言います。お酒に酔っていたこともあり、王子は言う通りにします。
明くる朝自分の行いに後悔し2人を探すものの、一向に見つかりません。諦めて帰ろうとしたところ、大臣が謀反を起こして父王を殺し、国を乗っ取っていたのです。敵軍を告げるファンファーレが不気味に鳴り響きます。「どうか命だけは助けてほしい。」とすがる王子に大臣は不敵な笑みを浮かべ、片目をえぐり出してしまいました。命からがら逃げた王子は従兄の父王の王国にたどりつき、彼に救われます。従兄の父王に事情を話すと「そなたの不幸でわしの悲しみは深まるばかりだ。というのも、わしの息子がずっと行方不明なのだ。何か知らないか。」先日の墓地のことを伝え2人で辺りを探すと、地下へと続く隠し通路があるではありませんか。最下層の部屋にいたのは、ベッドで抱き合う従兄と女。それも煙に包まれ、炭のように黒焦げなのです。これを見た伯父は怒りに震え「甥よ、こいつはずっと自分の妹を慕っていた。何度も2人の仲を裂こうとしたが、2人は大罪を犯した。2人揃って悪魔に魅入られてしまった。来世ではアッラーのもっと苦しい裁きがあるだろう」と吐き捨てます。 王子と伯父は涙が止まりませんでした。
それから王宮に戻ると、なんということか、裏切った大臣の軍勢が押し寄せてきました。不意打ちで防ぎ止める力もなく、都を明け渡してしまいます。伯父は殺され、王子は都の外れへ逃げ延びました。都の人や父の兵隊に見つかれば、私は殺されてしまう。正体を隠すため、ぼろ衣をまとい髪の毛と眉毛をそり落とし、カランダールとして都を後にしました。

2人目のカランダール
王子は、教養に優れ特に書道に秀でた人でした。インドへの旅の道中盗賊に襲われた王子は、逃げた後見知らぬ国に着きました。国に帰ることができず木こりとして街でひっそり暮らしていたのですが、ある日森の奥で立派な屋敷を見つけました。中にいたのはインドの王女で、長い間魔神に囚われていたのです。2人が戯れるところを魔神に見つかってしまい、王女は殺され、王子は呪いで猿にされてしまいました。
猿になった王子は海岸まで走り、通りがかった船の船長に拾われます。猿が見事な書道の腕を見せたので、船長はたいそう驚きます。噂を聞いた王は船長から猿を買い取りました。宮殿で姫君が猿を見ると「この猿は魔神の呪いによって姿を変えられた人間です。」そう言うと、宮殿に魔神が現れたので姫は応戦します。魔神と姫の戦いは激しく壮絶なものでした。魔法の炎に包まれた姫は「熱い!この体が燃えてしまう!」そう叫び、五体を焼き尽くしました。姫の命と引き換えに魔神を倒したものの、家来も死に、王は顔の下半分を焼かれます。猿は左目を焼かれて失いますが、人間の姿に戻ることができました。
姫を失った悲しみに、王は私に言います。「これまで姫と共に平和で穏やかな日々を過ごしてきた。だがそなたが来てから姫は死に、あらゆる不幸に襲われた。今すぐこの国から立ち去れ。二度とその姿を見せるな。」
こうして王子は世の中に身の置き所もなく、明日の定めも分からないカランダールになりました。

3人目のカランダール
王子は生来の船好きで航海に出ます。
嵐で進路を失い「磁石島」に引き寄せられた船は崩壊、何とか島に打ち上げられます。島の頂上には、伝説の青銅の騎士像がありました。古くからの言い伝えに従い青銅の騎士像を弓矢で射抜くと、男が現れ救いの船を出してくれました。しかし安心した王子はうっかりアッラーの名を唱えてしまい、男に海に投げ捨てられてしまいました。
次に漂着した島から王子が見ていると、船から美しい少年がやってきました。少年は占い師から「磁石の島が沈んで40日後に、カシブの息子に殺される」というお告げを聞き、ここに隠れに来たと話します。王子は少年といっしょに地下で暮らしたが、予言の日、王子の手に持つ包丁が少年の胸に刺さり、死んでしまいました。
海を見ると引き潮で島と陸が繋がっていたので、王子は陸に逃げます。そこに左目の潰れた10人の若者と1人の老人がいたので老人に左目の理由を聞きました。「羊の皮をかぶり、ルフ鳥に遠い山の上まで連れて行かせ、宮殿まで行けば分かるだろう。」そうして見つけた魔法の宮殿。美しい40人の乙女たちが盛大に歓迎してくれます。ある日乙女たちは「40日間宮殿を離れるが、庭の奥の銅の扉だけは開けてはならない。」と言い、王子を残し出かけてしまいました。王子はついに私は40日目に秘密の扉を開けてしまいます。そこには漆黒の馬がいたので、それにまたがると馬は空を飛び、王子を落馬させ、片目が潰れてしまったのです。
落ちた先には10人の若者と老人がいたのですが、王子を仲間に入れるわけにはいかないと言い張ります。諸行無常の儚さ、運命に翻弄されどうすることもできない自分に失望し、せん方なくカランダールへと姿を変え、この世を彷徨い歩くのでした。

カランダールは自らの悲しい過去を夜通し語ります。後悔や葛藤、言いようのない虚しさが渦巻く3人の心中のように、夜の闇がますます深まっていくようです。

-3- 若い王子と王女

カマール・アル・ザマン王子とブドゥール王女

中東の王子様(カマール・アル・ザマン王子)と中国の王女様(ブドゥール王女)は、顔が瓜二つとされる絶世の美男美女。玉のように美しい御子で、穏やかで優しい心を持ち、身のこなしは優美そのもの。端整で平らな顔は磨き込まれた鏡のごとく、漆黒の瞳は炎を宿したかのようにきらきら輝き、真紅の唇は小さく歯は二列に並べた真っ白な真珠、肌は最高級の雪花石膏(アラバスター)のよう。会う人全てが王子と王女の虜となるほど美しいのです。
2人の王宮に住みつく魔神たちは、王子と王女どちらがより美しいか競い合い、遠国の2人をベッドに引き合わせました。魔神は「見れば見るほど美しい2人だ。2人を順番に目覚めさせ、より深い愛をかけられた方が美しさに秀でているだろう。」そうして王子と王女は運命の出会いを果たし、初めての恋をするのです。
夜が明けると夢から覚めたように2人は離れ離れ。名前も何も分からない2人の手がかりは、運命の夜に交換した指輪だけ。それぞれの国で相手を探しますが、誰も分かりません。夢を見て気が狂ってしまったのか。王女の父王は「ブドゥール姫の狂気を治した者は結婚を許し国王にする。しかし、治せなかった者は姫を見た罪で殺してやる。」といい、王女を王宮に閉じ込めてしまいました。

王子が王女を探すため旅に出た頃、王女も臣下を旅に向かわせます。町から町、州から州、島から島へと旅を続け…ついにある国で王子と臣下が出会います。臣下から事情を聞き王女の居場所を突きとめた王子は、急いで王宮へと向かいました。占星術師に変装した王子は陛下に言います。「私は占星術師です。陛下のご子女ブドゥール様のご病気を治してみせます。」王子は王女への愛をしたためた手紙と指輪を包み、使いの者に渡します。包みを受け取った王女は指輪を見た途端驚き、手紙を読む間もなく部屋を仕切る幕を開けました。王子は王女が分かり、王女は王子が分かるのです。すぐさま2人は駆け寄り見つめ合い、互いの温もりを感じるようにしっかりと抱きしめ合いました。カマール・アル・ザマン王子は王様に感謝の気持ちを伝えました。苦労の末再会を果たした2人は、やがて結ばれ結婚しましたとさ。

-4- バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破

バグダッドの祭り
船は青銅の騎士のある岩で難破

物語の舞台はバグダッド、街には狂乱に包まれ乱舞する人々。シェヘラザードのお話を聞きながら、王は思い出す。これまでの物語と、王宮に帰還し、ゾベイダと奴隷の情熱的な踊りを見たときの、燃えるような怒り…。
船好きのカランダールの話にこんなものがあった。「20日ほど航海した所にある磁石島は島全てが磁石でできており、鉄という鉄を吸い寄せる。嵐で進路を失い、船は難破。運良く流れ着いた島の山頂には青銅の騎士像があった。”…わが脚の下より弓矢を掘り出し、青銅の騎士を射よ…。”天よりそのようなお告げが聞こえた。」青銅の騎士伝説の荒れ狂う海の嵐は、かつての私の怒りのようだ…。

シェヘラザードの命をかけた物語が千一夜を迎えた時、彼女は王との間にできた3人の王子を連れてきました。子供の存在を知らなかった王は大変喜びます。「そなたの聡明さと底知れぬ胆力、長きに渡る善行には感服した。これまでの非礼をどうか許してほしい。これからは私も心を正そう。」

シャフリヤール王はシェヘラザードとの出会いをきっかけに、人としての心を取り戻しました。そうして彼女を正妻とし、王国は夜明けとともに平和と安寧の時代を迎えたのでした。

王国の平和と安寧

ゾベイダのお話はこちら。

ゾベイダ

参考:千夜一夜物語 バードン版(2003)・ガラン版(2019)
Wikipedia 「千夜一夜物語のあらすじ」
神秘なる挿絵画家エドマンド・デュラック(2011)
ウォルター・クレインの本の仕事 絵本はここから始まった(2017)
古沢岩美画集 千夜一夜物語(1979)
華麗なる「バレエ・リュス」と舞台芸術の世界-ロシア・バレエとモダン・アート-(2020)
オリエンタル・ファンタジー アラビアン・ナイトのおとぎ話ときらめく装飾の世界(2016)

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